幸せになるための真逆の生き方|マイノリティに生きる価値

UESHO
UESHO

2020年の現在、社会は物凄いスピードで変化しています。モノは買う時代からシェアリングする時代に変わり、仕事の仕方や恋愛の仕方も、5年前ですら様変わりしていますね。

そんな変わりゆく時代の中で、唯一変わらないのは、昔も今も1日は24時間で、365日で歳を取り、頑張っても100年間くらいしか生きられないとゆうこと。そして、その人生の主人公は自分自身で、自分自身が自分の人生のコントローラーを握っているということです。

限られた人生を「最高だった」と思うために大切なことは何なのか?ここで考えてみていただければと思います。

目次

マジョリティが当たり前

私たちは「マジョリティ」か「マイノリティ」でしか生きることができません。

マジョリティとは「多数者・多数派」を意味し、マイノリティは「少数派」を意味します。

右利きはマジョリティで左利きはマイノリティだし、血液型はRH+がマジョリティで、RH-がマイノリティです。

例えば、年収1,000万円以上は国民の5%程度なのでマイノリティだし、経営者も就業者の10%程度なのでマイノリティです。これを経済的マイノリティと呼ぶことにしましょう。(そんな言葉があるかはわかりません。)

少なくとも僕たちは幸せになるために生きているし、収入や働き方が幸せに影響するのは言うまでもありません。

そのため、やはりある程度高収入でやりがいのある仕事をするべきです。そして、やりがいのある仕事には、ご自身の決裁権が大きく関わるため、決裁権の大きい経営者は、比較的やりがいの大きい働き方といえるでしょう。

つまり、経済的マイノリティに生きることが幸せへの近道になるということです。(もちろん幸せの要素はそれだけではありませんが。)

マジョリティ教育

僕たちは須らく(すべからく)義務教育を受けてきました。少なくとも小学生・中学生の9年間は学校教育を受けましたよね。

義務教育では知識面も生活面も沢山のことを学び、僕たちの生きる上で必要なベーシックな部分のほとんどは学校で学びます。

学校の中ではクラスや、班で活動することが殆どで、その中で僕たちは人付き合いを学んできました。友達付き合いや、先輩後輩との関係で上下関係、先生との付き合い方を通じて、人とどう付き合えば良好な関係を築けるのか、または喧嘩になったり、相手に嫌な想いをさせるのか、、そんなことを学んできました。

そんな日々を過ごしている中で、いい意味で思い遣りの心や、”空気を読む”力が自然と身に付いてきました。一方で、集団の輪を乱すことが悪というステレオタイプが根付いてしまっています。

集団行動の中で突飛な意見を言ったり、理解の及ばない行動をし続けると、だんだんと集団の中で居場所がなくなっていきます。

友達からハブかれたり、いじめられたりするのはとても辛いことなので、なるべく輪を乱さないような意見しか言わなくなったり、集団の意見に同調したりするようになりがちです。

答えのない問題への経験値

さらに日本の教育は第二次世界大戦後の流れを汲み、いわゆる工業国としての人材を育てる「大量生産型」教育がいまでも続いています。

戦後から70年以上の時が経ち、時代はモノづくりからサービスの時代へ突入。モノづくりの時代は、でっかい工場や、大量の労働者を雇い莫大なコストをかけて事業を行うしかありませんでしたが、今ではインターネットさえあれば誰でも事業が作れる時代です。

そんな時代に移り変わっても、大量生産型の教育を受けている僕たちは、答えのある問題に取り組むのは慣れていますが、答えのない問題に取り組むのは非常に苦手です。

学校の課題を例に考える

わかりやすい例を出すなら、学校の課題でまっしろのキャンバス渡すとします。「自由に絵を描いて。」と言われたらどうでしょう?何を描けばいいか相当悩みますよね。一旦思考が停止する人もいるかもしれません。

一方で「果物を描いて。」といえば、やることは明確です。まずは書く果物を決めて、あとは上手に模写すればいいだけです。果物というある程度、限定的な枠をつけるだけで一気に難易度が下がりますね。

もっと難易度を下げるならば「リンゴを描いて。」という課題にしてみましょう。これだともっと簡単です。

逆に、キャンバスも渡さず「自由に課題をつくって。」といったらどうでしょう?何のヒントもないので何をしたら成績が良いのか皆目見当もつかないかもしれません。

答えのある問題・ない問題

学校の課題を例に出しましたが、僕たちは定められたルールの中で、正確に丁寧に答えを導くのは得意です。

しかし、明確な答えがないこと、または自分の中で答えを持っていない事はとてつもなく苦手です。

それは学校教育の中で、答えのない事柄に対して「自分の頭で考えて」答えを仮定して導くだす経験をほとんどしていないからです。

問題に対して合っているか間違っているかを気にしてしまう。合っているのが正しくて、間違っているのは正しくない。間違っていると恥ずかしいし、周りにバカにされるかもしれない、、

そんな風に教育された僕たちは、自分の意見を見つけ・発信することが苦手になってしまいました。

マイノリティが幸せの近道

日本人は誠実でいて真面目な国民だと言われます。

公共交通機関はほとんど時間通りに来るし、日本人は世界で一番働く国民だと言われています。

補足

OECDの調査によれば、男性の1日当たりの平均労働時間(休日含む)は375分(6.25時間)と世界トップであり、世界平均の259分の約1.7倍も働いています。

その真面目さは、日本人として誇らしい一面ではありますが、経済的マイノリティに生きることを考えると、それが邪魔をする場合もあります。

面目で必要以上に空気を読んでしまうからこそ、自分の意見が言えない。そして、失敗するのが悪、輪を乱すのが悪ということが潜在意識にまで浸透しているからこそ、答えのない事象への挑戦は、恐ろしくてできない

潜在意識にまでこびりついたその思考は、排水管の頑固な汚れのようになかなか落とすことが出来ないのです。

幸せに生きたいのはマジョリティ

AICに所属する皆さんは「幸せ」に「豊か」に生きることを望んでいる方が多く所属しています。

さて「幸せに生きたい」と願うことは、100%に近いほとんどの人間に当てはまるでしょう。つまりマジョリティです。

大多数は、幸せになることを願って生きているはずだし、ご両親もあなたが幸せになることを願い大切に育ててくれたはず。

では、一方で「今、幸せに生きているか?」という質問に変わったらどうでしょう。そして「10年後は幸せだと思いますか?」という質問も付け加えます。

幸せに生きるのはマイノリティ

実際に幸せに生きている人がどのくらいいるかを考えたことがあるでしょうか?

日本人は、遺伝子的にも自己肯定感が低い民族のようです。日本人は欧米人に比べてセロトニン分泌量が少ないため、そもそも不幸だと感じやすいようです。実際に19~39歳の事故死よりも自殺死が多い唯一の国と言われ、先進国で一番若者の自殺者が多い国としても知られています。

「今、幸せに生きているか?」と統計をとると、多分100点満点の人はそうそういないはず。

何かを諦めたり、我慢しながら生きている人が圧倒的に多いと思います。そして、何かを諦めた経験や我慢している原因は、経済的と仕事上の理由がもっとも多い理由でしょう。

つまり、「幸せに生きたい」という想いと「幸せに生きているか」のギャップのもっとも大きな理由は、経済的な問題と仕事の中身(やりがい)だということです。

最後に

冒頭、経済的マイノリティこそ幸せへの近道という話をしましたが、それでもマジョリティに生きることをプログラムされた僕たちからすれば、ものすごくハードルの高いように思えるかもしれません。

収入が増えて、やりがいのある仕事につければそれは良いに決まってます。それはわかってるけど、どうすりゃいいのよ。なんて声が聞こえてきそうです。

具体的なやり方は説明しませんが、それよりももっと大事なことは、マイノリティに生きることを恐れないで欲しいということです。

マイノリティに生きようと願うと、マジョリティに生きている世論からは冷たい目で見られることが良くあります。

それでも「自分自身の幸せ」を願うのであれば、経済的マイノリティを目指すことは避けては通れません。

自分自身の幸せのため、経済的マイノリティを目指しませんか?

目次
閉じる